ときに正しさは暴力になりえるということ


シータヒーラー&アーユルヴェーダセラピストのCocoです。

自分のことを他人にどれだけ出せているかというと、

私は50%出せてて、50%出せていないと思っている。

ただ、特定の人は除いて。

旦那には100%、シータヒーラー仲間には100%、クライアントには100%なのかな。

もし、たまたま会ったばかりの人で「私はガンで、手術をしないと絶対に治らないの」という人がいたりする。

それを「手術しなくてもガンは治るよ」なんて言えない。

【手術をしないと絶対に治らない】という思い込みを取ることも

【病気があることで得してることあるのかな】なんて聞くことも

【それって誰が言ったの?】と尋ねることも言えない。

彼・彼女が思ってる”正しい”と思うことをただただ聞く。

それが私が思ってる”正しい”とはかけ離れていたとしても。

(セッション中・セミナーは別だけどね)


人に正しさを押し付けることは、美徳でもなんでもない。

ただのお節介おばちゃんになってしまう。

それでも良いけど。

でも、私はお節介おばちゃんにはなれない。

自分から見て相手の「間違い」でも、相手にとってはそれが「正しい」ことなのかもしれないから。

その人からしたらその人こそが正しくて、

その人を「間違っている」とする自分のほうが「間違っている」のかもしれない。

”正しい”とか”間違ってる”ってことにエネルギーを使う必要はない。

エネルギーを使うなら、他のことに費やした方がよっぽど良い。

だから、自分が正しいと思うことを押し付ける必要はないと思ってる。

でも、共感できることがあれば、惜しみなくシェアしていきたいなって考える今日の雨下がり。


と、いうことを踏まえて言うなら、誰に対しても100%の自分なのかもなー。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です